大津地方裁判所彦根支部 昭和41年(わ)10号 判決 1966年7月20日
被告人 前田武男
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金壱万五千円に処する。
右罰金を完納しないときは金五百円を一日に換算した期間労役場に留置する。
右懲役刑については四年間刑の執行を猶予し其の間保護観察に付する。
道路交通法違反被告事件中第二の安全運転義務違反及び第三の事故報告義務違反の点は何れも無罪。
理由
罪となるべき事実
被告人は
第一昭和三十九年四月一日から同四十年十二月十五日頃迄の間前後二十九回に亘り、代金支払の意思も能力もないのに之あるように装い別紙犯罪一覧表記載の通り夫々虚言を構え其の旨同表記載の人々を誤信せしめ、同表1乃至4、6乃至13、16乃至18、21乃至29、記載の通り腕時計、菓子類、コーヒー、牛乳、ポマード、衣料品、油類、果物類、中華そば、飯、煙草、ビール、下駄等を夫々交付させて之を騙取し、或は同表5、14、15、19、20、記載の通り散髪、顔剃洗髪調髪、セツト等をなさしめて其の料金の支払をせず財産上不法の利益を得
第二昭和四十年十一月四日頃蒲生郡日野町大字内池七九五番地、西村次郎方に於て同人所有の背広上下一着(時価八千円位)を窃取し
第三昭和四十一年四月二十日午後九時二十七分頃公安委員会の運転免許を受けないで大阪市生野区田島町四丁目一七番地附近道路上に於て大型貨物自動車(滋一そ三七四一号)を運転し
たものである。
証拠の標目<省略>
法律の適用
被告人の判示所為中第一の1乃至4、6乃至13、16乃至18、21乃至29、の詐欺の点は刑法第二百四十六条第一項に、第一の5、14、15、19、20、の詐欺の点は刑法第二百四十六条第二項、第一項に、第二の窃盗の点は刑法第二百三十五条に、第三の無免許運転の点は道路交通法第六十四条、第百十八条第一項第一号に各該当し以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるが、道路交通法違反(無免許運転)の罪につき所定刑中罰金刑を選択し、第一の1乃至29の各詐欺罪及び第二の窃盗罪につき刑法第四十七条、第十条を適用し犯情の最も重い第一の1の詐欺罪の刑に併合罪加重をなし其の範囲内に於て、被告人を懲役一年六月に処する。但し情状により刑法第二十五条第一項により四年間右刑の執行を猶予し、同法第二十五条ノ二第一項前段により其の間保護観察に付する。道路交通法違反(無免許運転)の罪につき罰金一万五千円に処し、右罰金を完納しないときは刑法第十八条に従い金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
四月三十日附起訴状公訴事実中第二の「昭和四十一年四月二十日午後九時二十七分頃大型貨物自動車を運転し、大阪市生野区田島町四丁目十七番地岡本秀雄方店舗前道路を時速三十粁乃至三十五粁で北進中道路上に約五十糎突出た同人所有ビニール製固定式テントが設置されてあり反対側に駐車中の乗用自動車があつたのを前方約二十米に認めた。此のような場合自動車運転者としてはこれら車輛及びテントの間はきわめて狭隘であるから前方特にテント及び前記自動車との間隔に留意して之等を注視し最徐行して進行し危険の発生を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるのにこれを怠り前記自動車のみに気をとられ漫然同一速度で前記自動車とテントの間を通過しようとしたため自車運転台上部右前を同テントに接触させて之を破損し、以て道路交通の状況に応じて他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなかつた」という点は事故が物的損害を発生させたのみであり、当時通行人もなかつたようで他人に危害を加えるような虞れはなかつたから道路交通法第七十条に該当しない、従つて同法第百十九条第一項第九号によつて処罰することは出来ない。右第七十条は他人に危害を及ぼさないような云々と規定されているので人の生命身体に対して危害を加える場合にのみ限定すべきである。因に同条は他人に危害云々といつており之は人を対象とする言葉であつて物を損壊した場合を含ませることは無理である。物の損壊の場合は損害と規定すべきで、人及び物の双方を対象とするときは損傷という字句がある。しかるに同条は其の表現を採用していないのは他人を人に限り他人の物を含ませない趣旨だからであると思う。
次に同起訴状の公訴事実中第三の「前同日時同所に於て前記のとおり自動車を運転中交通事故を起こして他人の物を損壊したのに右事故発生の日時場所等法令に定める事項を直ちに最寄りの警察官に報告しなかつた」という点は道路交通法第七十二条第一項後段に該当しない。同条は道路交通法が道路に於ける危険を防止し、其の他交通の安全と円滑を図ることを目的とする法律である以上物の損壊の場合に限つていえば事故の現場を放置すれば危険で道路の安全と交通の円滑を害する程度の損壊があつた場合に、それに対処する必要な措置をとることを命じ、そのような場合に同項所定の四つの事項を報告させようというのである。従つて同項は道路に於ける危険を防止する等必要な措置と規定されている。等とあるからといつて余りに広く解することは適当ではない。右の措置も報告もすべて道路交通法の目的の範囲内に於て考えるべきである。
本件に於ては岡本宏幸の警察及び検察庁に於ける供述調書並に添附図面、被告人の警察及び検察庁に於ける供述調書並に当公廷に於ける供述が証拠となつておりそれ等によると「テントを取附けた壁が少し落ちテントが破れ地上二米の所から少し垂れ下つた程度の事実が認められる」のみで、壁の落土やテントの垂れ先が道路及び其の附近の危険をもたらし交通の安全と円滑を害するような状態にあつたものとは認められない。従つて右の場合にはそれ等の物を取り除くなり復旧することは道路交通法の要求する必要な措置ではない。勿論被告人として何の責任もなすべき何ものもないというのではない。右の場合被告人のとるべき措置としては破損した物の修理或は損害賠償等の義務が考えられるであらう、しかし乍ら民事法上の被害状況の報告被害者との示談等の措置を報告させることは同条の目的とするところではない。即ち道路交通法第七十二条第一項前段による危険の防止、交通の安全と円滑を図る等の措置を必要としない以上同条により報告すべき義務は存在しない。従つて同法第七十二条第一項後段の報告義務に違反したとして同法第百十九条第一項第十号によつて処罰することは出来ない。
以上の理由によつて右公訴事実第二の安全運転義務違反及び同第三の報告義務違反の点は何れも罪とならないから刑事訴訟法第三百三十六条によつて無罪の言渡をなすべきものと思料する。
仍て主文の通りに判決した。
(裁判官 福原義晴)
犯罪一覧表<省略>